• 店主 19th Uramoemon Futami

組織と個人の境界線の話

隣の勝山市役所の女性職員が自分の娘と夫を殺してしまったというニュースが入ってきた。


現時点では全くその動機や方法など、情報として上がってきていない。


この女性職員は精神的な病気を患っており、現在休職中だったらしい。そこにこの事件との関係があるようには思えるが、これはあくまで推測の域を出ない。


そして明日(正確には本日)勝山市長が会見を開くことになるだろうということだ。


その会見はおそらく謝罪会見になるのではないか?と聞いている。

つまり、市の職員がしでかした不祥事だからだというのがその理由なのだが、そこにすごく違和感を感じざるを得ない。


事件を起こした職員が、少なくとも現在進行形で市の業務をこなし、市民との接触があったのならともかく、病気で休職中に起こった事件である。



写真はイメージ



なのに、市長が謝罪するというのは、やはりおかしい気がする。

もちろん、これまでの慣例だから、というのでそうなるのだろうが。



日本の社会では組織と個人の境界線はかなり曖昧だ。契約社会ではないからかもしれない。未だ儒教的な思想がはびこっている日本の社会では、家族や組織のトップを敬い、年上を敬うという考え方が一般的である。それを頭から否定するわけではないが、その弊害的な側面であることは間違いなさそうだ。


だから組織の長たる市長が、市民や世間に対してマスコミの前で深々と頭を下げるわけだ。

頭を下げてどうなるものでもないだろうに。もしかしたら、とりあえずマスコミがうるさいし、頭下げとけば市民からのクレームも無くなるだろう、と思って頭を下げるパフォーマンスを演じるのかもしれない。


私はこの謝罪を期待するマスコミや社会こそが最悪に原因を作っているようにしか見えない。


もう少し個人と、単なる幻想でしかない組織との境界線は明確にすべきなのではないだろうか?


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