• 店主 19th Uramoemon Futami

一夫一婦制は進化の賜物か?

前回に引き続き、愛とは何か?をテーマに書き綴ってみたい。 人間、つまりホモ・サピエンスの社会では比較的一夫一婦制が大勢を占めている。

もちろん、国によっては一夫多妻制を社会制度としているところもあるし、一婦多夫制の社会もある。 一夫多妻制の国が多いのはアフリカ諸国。ブルキナファソ、マリ、セネガル、ナイジェリア、コートジボワール、ガーナ、モーリタニアなど。 また、少数ではあるが一婦多夫制はインドのトダ族や、同じくインド・ケララ州の領主身分カーストのナヤール、他にはチベット人、ポリネシアのマルケサス島人、スリランカのシンハラ人などの一部の民族に見られる。


ヒトだけでなく、チンパンジーやゴリラなどの類人猿はどうだろうか? ゴリラは一夫多妻制であるらしい。この場合、オスにとっては複数のメスと子供を養うために相当量の餌をメスたちに分け与えねばならない。 なぜなら、子育て中のメスは餌を取りにいけない可能性がある。 そうなると、オスの立場からすると自らを身の危険に晒すことにもなりかねないのだ。

余程、自分たちの環境に豊富な食料が手軽に手に入らなければ、一夫多妻制は成立しない気がする。



一方、チンパンジーは多夫多妻制なのだ。 オスにとっては自分の子供かどうかは判別できないわけ。だから、オスはメスにせっせと餌を運べば、自分の子だろうが他人の子だろうがすくすくと育つことになり、その集団は健全性を保てる。 しかし、これだと餌を運ばないオスは危険を犯すこともなく、身の安全を保証されるが、餌を運ぶオスは進化できないのではないか?という説もある。(ここでいう進化とは環境に適応するという意味である) だから、チンパンジーも餌の豊富な森の中を中心として生活しているのかもしれない。



では、ヒトはどうなんだろうか? 大地の乾燥化が進むにつれ樹木が少なくなり、当然餌も少なくなってくる。 そうなったときに、一夫一婦制に移行したのではなかろうか?という説がある。 つまり、オスは1匹のメスとその子供だけに餌を与えればよい。自分の住む環境にたとえ餌が少なくても、これだと十分に養えることになるというのだ。 しかしながら、人類の歴史の中で不倫と呼ばれる、一夫一婦制からはみ出す行為は一向になくならない。 言い換えるならば、餌が豊富に慣れば不倫も増えるということなのか? 悩みはつきないが、おもしろい課題でもある。


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